コラム

外構リフォーム 家との統一感を重視すべし

株式会社Flap 矢島マコト
外構リフォーム 家との統一感を重視すべしイメージ画像

前時代は「ちぐはぐな外構」がフツーでした・・・
 時は高度成長期、昭和が勢い良かった頃のオハナシです。昭和を代表する大作曲家で指揮者の故 山本直純先生(新日本フィルを小澤征爾先生とともに結成、男はつらいよのテーマ曲も山本直純作品のひとつ)がタクトを振り、大きいことはいいことだぁ!も○な○、エールチョコレートォ!というCMが流れ、ヒット商品となりました。爆発的な経済成長を果たした当時の日本は拡大路線まっしぐら、日本人の意識も拡大していました。ジャンボ(※)ジェットは昭和45年に初めて着陸し、人気プロゴルファーもジャンボ、人気プロレスラーもジャンボ、ドリフのコントにジャンボマックスが登場し、昭和54年には宝くじもジャンボに!!
※ジャンボの語源は実在した象の名前だそうです。

 そして、昭和の家もジャンボ・・・とはなりませんでしたが、庶民が家を持ち始めたのが昭和でした。そんな昭和的住宅の外構といえば「ブロック塀」です。木造の日本建築を取り囲む、正に「外の構え」が灰白色の「浅草の雷おこし」みたいなブロックを積み上げた代物でした。登下校の道すがら、左官屋さんがシャー、ガシャ、サー、シャーと手際よくコンクリを混ぜながらコンクリートブロックを積み上げて行くのをジーと見つめたものです(当時推定年齢7才ぐらい)。左官屋さんはニコニコしながらスイスイと無機質な壁を築造して行きました。

そんなに囲んでどうするの?見せつつ囲う「見せ粋」な外構がイマドキ
 ブロック塀が完成すると、なんと、美しい純日本建築が道路と隔絶された空間に閉じ込められてしまったのでした。雷おこしの勢力拡大は凄まじく、アメリカザリガニ、ミドリガメに勝るとも劣らぬ破壊力でした。古き良き生垣のひとつである「マキの木」が無残にも切り倒され、今では、外構レッドリストに掲載され。。。てはおりませんが、ほとんど見かけなくなったのは事実です。日本建築に合うんだけどなぁ。。。

 驕れる平家久しからずの喩えが如く、猛威を振るった雷おこし、もとい、ブロック塀は大きな地震のたびにバッタリ倒れ、凶器と化しました。ブロック塀が危険だということが分かった平成の世、ブロック塀の目撃情報はツチノコレベルに低下し、絶滅したものと思われます。危険な物で家を囲っていたなんて。。。

全体をイメージしましょう クルマの出入りと人の出入りを考えた外構を
  相変わらず前置きで紙面の大半を消費するという事で評判の当コラム。そろそろ本題に入りましょうか。ちぐはぐな外構ほどカッコ悪いものはありません。大枚果たいて借金までして建てる家をカッコ良くしましょうぞ!イマドキの家は、デザインが良いので、「家を見せて、要所は隠す」というのが結論です。防犯とプライバシーの確保を考慮すれば「どこを隠せば良いか」は自明の理です。

 そして、静岡県の多くのご家庭では、複数台のクルマが無い暮らしは考えにくい訳ですから、十分な駐車スペースと進入路の確保が肝要です。並んだクルマ、カーポートと家のバランス、フェンスの高さと範囲、色合いを想定して新築時に計画しておくか、リフォームの時に再検討しましょう。

家と外構のバランスを考えましょう
 不詳Yの老母宅は、牢屋みたいな縦のフェンスなんですよね・・・しかし、当時のタテウリ住宅の外壁材とのバランスは絶妙です。お粗末さまでした・・・あらあらかしこ、どっこいしょ。